泣き出す裁判長 日召が歩み寄ってお辞儀 一人一殺 49 | 2006年08月19日 |
「井上昭を……、無期懲役に処す」
小沼は無期、菱沼無期、古内懲役15年…。
死刑(求刑)は無期になり、無期(求刑)は有期になり、15年(求刑)が8年、7年(求刑)が3年…。
寛大な言い渡しに、被告たちは、感激に身を震わせて頭をだんだん低くたれる。
最後に藤井裁判長は、
「もし刑が決まって服罪するなら、みんな体を丈夫にして……」
と、何か言おうとしたが、語尾は涙に濡れて唇を噛んで顔を伏せてしまった。
そして、横を向いて、
「帰ってよい」という。
伊藤被告がまず階段を地下へ下り始めた。満廷、総立ちだ。
日召は、静かに立ち上がると、
裁判長席の下へ行って、感謝いっぱいの瞳をじっと裁判長に向け、お辞儀をした。
しかし、裁判長はそれに気付かず横を向いている。
このため、日召=写真下=は、
藤井裁判長が顔を向けている方へ歩いてまわり、裁判長に、再び頭をたれた。
鮮烈な光景だ。
死刑を求刑されていた被告が、
判決で無期懲役に減刑された直後、裁判長の目の前に行き、判決に感謝してお辞儀している。
裁判長が、顔を横に向けて気付かなかったために、被告日召は、
裁判長の視線の先まで歩いて行き、感謝のお辞儀をする。
その裁判長は、
日召がお辞儀をしに来る前の、
判決言い渡しの後の発言中に、
感極まって泣き出し、言葉が震え、詰まって顔を伏せ、
感情が治まるのをしばらく待ってから、
横を向いたまま、
「帰ってよい…」
と、被告14人に言った。
この間、満員の傍聴席など、法廷を埋める人々は、裁判長の様子を静かに見守っていた。
74年前に起きた血盟団テロ事件を、
私が、
このwebに書いてみようと思い立ったのは、
実は、
古いスクラップブックの中にあったこの場面を読んだのがきっかけだった。
何だ、こりゃぁ!
と思った。
公正中立の立場にいなければならない裁判長が、
被告たちがテロルに走ったやむにやまれぬ経緯に感動したのか、
あるいは、被告たちの行為に感動して「死刑」求刑を、無期懲役に減刑した己の心のありさまに感動したのか、
判決言い渡し直後の発言が続くさなかに、泣き出す。
何という日本的な光景だろう。
「日本」というシステムのあいまいさ(ambiguity)、わからなさが、
ここに、端的に現れている。
裁判長が、死刑求刑を無期懲役に減刑したって、
ちっともおかしくはない。
世界中の裁判で起こりうることだ。
しかし、裁判長は、判決言い渡しに続く発言の中で、
感動して泣き出しちゃいけない。
それは、
「私は、被告たちの行いに感動してこういう判決を出したんですよ」
と、態度で語っているじゃないか。
きっと正直な人だったんだろうが、
この場合、
裁判長の涙は、裁判制度への人々の信頼を、揺るがす。
さらに、死刑求刑が無期懲役に減刑されたからといって、
井上日召被告は、裁判長に歩み寄って感謝のお辞儀をしちゃ、
もっといけない。
裁判長の視野に入ろうとして移動し、2度目のお辞儀までしてるじゃないか。
廷吏たちは何をしていた?
裁判長の訴訟指揮はどうなっていたんだ?
検察側は、これら展開に、何の問題性も感じなかったのか? 何の指摘もしなかったのだろうか?
たとえば、
「裁判長の公平性に重大な疑義がある」などと。
この藤井裁判長は、
社会正義に敏感な人だったんだろう、
と、私は思う。
しかし、
藤井裁判長、血盟団首領の井上日召被告の態度に共通しているのは、規範意識の希薄さだ。
規範。
辞書には、
〔哲〕のっとるべき規則。判断・評価または行為などの拠るべき基準。
と書いてある。
簡単にいえば、自分の立場がまったく分かっていなかった、
ってぇことだ。
二人とも、裁判長、被告という、社会的立場、約束事を踏み外してるよね。泣いたり、感謝のお辞儀しちゃったりしてさ。
まわりもほのぼのしたりして、もらい泣きしたり、
温かい目で見たりする人々がたくさんいたんだろう。
寛大さ(leniency),柔軟性(flexibility)、混沌(chaos)…。
べつに、俺は嫌いじゃないけどさ、
なんなの、それってぇものは…?
それでいいわけ?
だいたい新聞記事にしてからが、何だ。
暖かい目で見守ってるじゃないか。
対象との距離がないんだよ。
1934年(昭和9)11月22日に、東京地裁であった、この判決言い渡し法廷の全体像を、
社会面の記事で再現してみよう=写真下。
一人一殺主義(いちにんいっさつしゅぎ)を唱え昭和維新を目ざした血盟団事件の歴史的判決の日、22日――
藤井裁判長は荘重な口調で心血を注いだ判決理由書を朗々と読み上げる。
満廷鉛の如くせきとして約2時間。11時20分いよいよ判決だ。
「判決を言い渡す」の声に、被告たちの紋付き姿が傍聴者の眼前にズラリと立ち上がった。
満廷は一瞬「耳」と化す。家族席の人々は思わず境の手すりにつかまり、ある者は耳に手をやる。
「井上昭を…」
裁判長の声は法廷に響く。
次の言葉が生と死との分かれ目だ。
満廷は、張りつめたダム(堰堤)のごとく緊張する。
「無期に処す」
裁判長の第一声に、法廷は思わずハーと大きなため息を吐く。
被告一同も思わず頭をたれた。
「日召が無期なら…」残る13被告の断罪は軽いにちがいないと思うまもなく、
「小沼無期、菱沼無期、古内懲役15年…」
寛大な言い渡しに、
被告たちは感激に身を震わせてだんだん頭を低くたれてしまう。
「卵を産み落とした鮎が流れに沿うて落ちて行く気持ち」だった日召も、死刑から無期に減刑されて「落鮎」も救い上げられたわけだ。
「鎧舟院日正大鑑居士」と日召和尚から戒名をもらったといってさばさばしていた小沼も、
もはや戒名が不要になったのを、別に「不平」らしくもなく、やはり嬉しいと見えて、傍聴席の梅吉、新吉兄弟にニッと笑顔をむけた。
「天なお我を用いんと欲すれば生かし、不要とあれば即刻殺すも可なり」といっていた團男爵暗殺の菱沼も、
素朴鈍重な顔に、
「俺はまだいるのかなぁ」と考えているのか、高い天井をにらめている。
「反古(ほご)紙や光明かがやく今日の日を」
の、大東、古内栄司は、一躍死期から15年に飛躍した喜びに、
いつも無表情の顔を傍聴席に幾度も幾度も下げながら地下へ…。
最後の日召も、眼鏡が桃色の玉だったかと思われるばかりに眼をうるませて地下に姿を消した。
大騒ぎなのは家庭席で、手放しで泣いている婦人たち。
わけもなくハンケチを振る女。
しかし一番大きな興奮をジッと抑えているのは、
言い渡し後ずっと外を向き通していた藤井裁判長のようだった。
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