向日葵と、小泉首相の靖国参拝 日々下田D | 2006年08月15日 |
1万本の向日葵(ひまわり)が咲く畑に行ってきた=写真上。南伊豆町日野、竹麻小学校の前。車のラジオで知った。
匂いは、花畑のような上品さはなくって、野菜畑に似た実利的な感じ。10人ぐらいの観光客が、畑の中の小道に散らばっていた。
やっぱ、ヴィデオで見たデ・シーカのイタリア映画「ひまわり」なんか思い浮かべて見て回ってるんだろうか。
俺にも、そんなclicheがチラッとかすめて、甘悲しさがきそうになったから油断ならない。
すべての花が太陽を向いている=写真下。
別の方向を向いたのは一本もない。習性だそうだ。
この一種、異様な景色に、
「一本ぐらいあったっていいじゃないか…、太陽に背を向ける向日葵が」と思った。
そのとたん、敗戦記念日の今日(8月15日)、早朝7時40分過ぎに、
各mediumの世論調査で70%の人々が表明する「参拝反対」に抗するようにして靖国神社に参拝した、
小泉純一郎首相(64歳)の孤独が分かった気がした。
他者と違うことを、とがめ、許さず、排除しようとさえする、日本人の国民性、庶民が下から形成するスターリニズム(ファシズムといってもいい)と闘ってるんだ。
小泉首相の思いの中では。
小泉首相の目には、靖国を巡る日本人の論調が、
憲法が守る個人の自由を圧殺し画一化を迫るスターリニズム(ファシズム)に見えてるんだろう。
日本人は、違ってる奴の足を引っ張るからなぁ。
何かってぇと。
中国や韓国政府の反対を引き受けるように、
大多数のマスコミが「靖国神社参拝反対」を唱える。
政財界関係者たちの反対の声は大きく、日本人の半数以上が同様に反対する。
この現象が、小泉首相の目には、日本人の大多数が、従順なヒツジみたいに付和雷同してついて行ってるように見えているに違いない。
人事権を握る権力者の顔色を常に観察し、
先回りして意に沿うように動く。
権力者の意向にちょっとでも違うことをしようとする奴がいると、
真っ先に見つけて摘発し、ゴマをする。
戦時中の、「日本浪漫派」の特定の文学者たちの例を引くまでもなく、
日本のあらゆる官公庁、会社、グループに今でも濃くある動きだね。
根っこにあるのは、自分の安全・安泰の確保への欲動だ。
何しろ、日本人の庶民たちが、このようにして下から作り上げたファシズムは、
「完璧なファシズムだ。私はうらやましい!」
と、第2次大戦時中、イタリアのファシズム”親方”、ムソリーニがうらやんだらしいからなぁ。
小泉首相は、政界に長く生きて(33年8ヶ月)、
こうしたことを、他者の顔色を見ながらやる“小助”たちに、幾度も苦い思いをさせられて来たに違いない。
それで、うんざりしてるんだ。
この一匹狼は。
こんどの場合、権力者は世論ということになるよなぁ。
小泉さんは首相だけど、権力者じゃないよ。今回は。
戦時中の旧日本軍が、アジア各国を侵略して、
人々を殺した。
その数は計2000万人ともいわれることは、小泉さんはもちろん知っている。
そして、己の靖国神社参拝が、日本軍兵士たちによって祖父母、両親兄弟や親類を殺されたアジアの人々の心の古傷を破って、新たな血を噴出させることも。
また、己の靖国神社参拝が、
日本政府がこれまでに築き上げてきた、アジア各国への謝罪の実を、大きく損なうことも。
それなのに……、の靖国神社参拝だ。
チムグリサー。
心が痛む風景だ。
批判するのは簡単だよね。
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