西伊豆の土肥(とい)海水浴場に着いて、
ああ、ここは吉本隆明さん(81)が溺れたところだったなぁ、と気づいた。
近くの民宿の従業員さんに聴くと、10年前のことなのに、吉本さんのことはよく覚えていて、
「あの突堤先端の右側でした」と教えられた=写真下。
近づいて見ると、突堤先端あたりは、大人のへそあたりまでの深さ。波打ち際からの距離は10bぐらいだ。
この時は引き潮だった。上げ潮だともっと深く、距離も長いはずだが、
「え? こんな浅場で溺れたの?」という印象だ。
吉本さんはこの時のことを書いている。
記憶によると、
沖へ向けて泳いだ後、引き返そうとしたら急に足が冷たくなって動かなくなった。ずるずると沈んで溺れるさなかに、近くに浮き輪で泳ぐ子供がいて、手を伸ばせば届いたと思うが、そのままずるずると溺れた、というような話だった。
コメントはしないでおこう。
家に帰って調べてみると、吉本さんが溺れたのは1996年8月3日(土)で、
71歳の時だった。
吉本さんの本にはだいぶお世話になっていて、印象に残る言葉はいろいろある。
これなんか、よく知られている。
結婚して子供を生み、そして子供に背かれ、老いてくたばって死ぬ、そういう生活者をもしも想定できるならば、そういう生活の仕方をして生涯を終える者が、いちばん価値ある存在なんだ。
(「自己とはなにか」=『敗北の構造』弓立社)
台風7号一過の土肥海水浴場は、午前9時半で、そうだな7割の混み具合。家族連れが多く、ゆったりと海を楽しむ雰囲気だった。
伊豆東海岸の白浜海水浴場(下田市)なんかとずいぶん違う。
東海岸は、若者が多くて、水着やファッションは、新宿や渋谷が引っ越して来たみたいだからな。
午前10時半過ぎに、下田市へ引っ返したんだが、霧がかかって視界は100bぐらいになっちゃった。1時間前は、快晴だったのに。
海水に、暖かい空気が冷やされたためだ。冷たい海水が流れ込んだのかも知れない。東海岸側には霧はなく、ずっと快晴だった。
霧が出る前。
途中に「恋人岬」という場所があったので、寄ってみたら、恋人たちばかり。木漏れ日の道を、手を繋いで歩いてくる。
20組以上すれ違ったな。
恋人岬に恋人たち。何の不思議もなけれども…。
含羞はどうした。含羞は。
筒井康隆「銀齢の果て」(新潮社、¥1500)。
インターネットで調べると、「銀嶺の果て」という、ギャングの映画があった。三船敏郎のデビュー作で1947年の東宝作品。監督・脚本、谷口千吉、脚本、黒澤明。
題名、洒落たんだね。ちょっと面白い。受け狙ったね。
老人たちを減らすため、70歳以上が、政府の指示で殺し合いをさせられるというエンターテインメントで、殺し方やなんか着想が良くて面白いんですが、えぐって来ない。
例えば、私に心があって、それが深層から表層へ10層積み重なっているとした場合、
この作品は、一番上の第10層を、かするだけで、抉らないんです。傷をつけない。
これが例えば、ゴールディング「蠅の王」なら、第7層ぐらいまで抉るんですが…。私の内側のnegativeが感応して。
筒井さんのいつものパターンじゃないかな。
筒井さんの代表作って、何でしたっけ?
土肥海水浴場に行った 日々下田 B | 2006年08月10日 |
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