土肥海水浴場に行った   日々下田 B

2006年08月10日

 西伊豆の土肥(とい)海水浴場に着いて、
 ああ、ここは吉本隆明さん(81)が溺れたところだったなぁ、と気づいた。

 近くの民宿の従業員さんに聴くと、10年前のことなのに、吉本さんのことはよく覚えていて、 
「あの突堤先端の右側でした」と教えられた=写真下

??????〓????@????.jpg
中央の突堤の先端あたりが、溺れかかった場所。
(写真をクリック)


 近づいて見ると、突堤先端あたりは、大人のへそあたりまでの深さ。波打ち際からの距離は10bぐらいだ。
 この時は引き潮だった。上げ潮だともっと深く、距離も長いはずだが、
 「え? こんな浅場で溺れたの?」という印象だ。

 吉本さんはこの時のことを書いている。

 記憶によると、

 沖へ向けて泳いだ後、引き返そうとしたら急に足が冷たくなって動かなくなった。ずるずると沈んで溺れるさなかに、近くに浮き輪で泳ぐ子供がいて、手を伸ばせば届いたと思うが、そのままずるずると溺れた、というような話だった。

 コメントはしないでおこう。

 家に帰って調べてみると、吉本さんが溺れたのは1996年8月3日(土)で、
 71歳の時だった。

 吉本さんの本にはだいぶお世話になっていて、印象に残る言葉はいろいろある。

 これなんか、よく知られている。

 結婚して子供を生み、そして子供に背かれ、老いてくたばって死ぬ、そういう生活者をもしも想定できるならば、そういう生活の仕方をして生涯を終える者が、いちばん価値ある存在なんだ。
 (「自己とはなにか」=『敗北の構造』弓立社)

 台風7号一過の土肥海水浴場は、午前9時半で、そうだな7割の混み具合。家族連れが多く、ゆったりと海を楽しむ雰囲気だった。

 伊豆東海岸の白浜海水浴場(下田市)なんかとずいぶん違う。
 東海岸は、若者が多くて、水着やファッションは、新宿や渋谷が引っ越して来たみたいだからな。

 午前10時半過ぎに、下田市へ引っ返したんだが、霧がかかって視界は100bぐらいになっちゃった。1時間前は、快晴だったのに。
 海水に、暖かい空気が冷やされたためだ。冷たい海水が流れ込んだのかも知れない。東海岸側には霧はなく、ずっと快晴だった。

<恋人岬.jpg
「恋人岬」。夕日がきれいだ、という。
(写真をクリック)


 霧が出る前。
 途中に「恋人岬」という場所があったので、寄ってみたら、恋人たちばかり。木漏れ日の道を、手を繋いで歩いてくる。
 20組以上すれ違ったな。
 恋人岬に恋人たち。何の不思議もなけれども…。
 含羞はどうした。含羞は。

 筒井康隆「銀齢の果て」(新潮社、¥1500)。

 インターネットで調べると、「銀嶺の果て」という、ギャングの映画があった。三船敏郎のデビュー作で1947年の東宝作品。監督・脚本、谷口千吉、脚本、黒澤明。
 題名、洒落たんだね。ちょっと面白い。受け狙ったね。

 老人たちを減らすため、70歳以上が、政府の指示で殺し合いをさせられるというエンターテインメントで、殺し方やなんか着想が良くて面白いんですが、えぐって来ない。

 例えば、私に心があって、それが深層から表層へ10層積み重なっているとした場合、
 この作品は、一番上の第10層を、かするだけで、抉らないんです。傷をつけない。

 これが例えば、ゴールディング「蠅の王」なら、第7層ぐらいまで抉るんですが…。私の内側のnegativeが感応して。

 筒井さんのいつものパターンじゃないかな。
 筒井さんの代表作って、何でしたっけ?

posted by Jiraux at 22:19 | Comment(0) | TrackBack(0) | news 日々憤怒
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