「悪人は殺したっていい」と山本玄峰が弁護         一人一殺 46

2006年07月29日

 他者に害を与える悪い者たちは、殺したっていい。
罪にならない。

 玉音放送(敗戦の詔勅)の有名な一節を、
この時から11年後に生み出した、静岡県三島市の龍沢寺の住職で臨済宗の僧侶、山本玄峰(68歳、1866―1961)=写真下=が、

山本玄峰1.jpg
晩年の玄峰
(写真をクリック)


 1934年(昭和9)9月15日、東京地裁であった血盟団事件の弁論で、被告井上日召の特別弁護に立って言った。
 山本玄峰(やまもとげんぽう)は、禅に親しむ人々の多くが今でも敬愛する、名僧。井上日召の「魂の父」だった、という。

 玉音放送とは、日本敗戦を天皇が国民に伝えた1945年(昭和20)8月15日のNHKのラジオ放送。

 「忍び難きをよく忍び、行じ難きをよく行じて……」

 玄峰は当時の総理大臣・鈴木貫太郎の相談役で、
この一節を、手紙に書いて鈴木に伝えていた、という。

 東京地裁には、早朝から、淀橋の関東女学校生徒や傍聴希望者が詰めかけ、定刻前に傍聴席は満員になった。日召の妻とし子さんもその中にいた。

 午前9時過ぎ、山本玄峰は弁護士らに案内されて入廷、法服姿の弁護士の中に着席した。
 やがて池袋被告を先頭にして須田、古内…、と地階の仮監獄から階段を上がってくる。

 玄峰はけげんそうな表情。
 輝く目、さっぱりと剃られた頭に、墨染めの衣、金襴の袈裟を着ている。
 被告1人1人と会釈する。
 7人目に井上日召が上がってくる。
 判事も検察官も弁護士も、傍聴人も、
いずれもの視線が、この魂の父と、囚われた弟子との対面に注がれた。
 玄峰は、やはり同じ会釈。日召もまた一礼して各被告に交じってつかつかと右端の自分の被告席に着いた。

 物々しい看守の囲いの中に、被告14人は着席する。
 玄峰は、高い位置の弁護士席から一目見渡して、また、平静なうつむき加減の姿に戻った。

 山本玄峰は、戦前武装共産党委員長で、獄中で転向し、戦後、政界のフィクサーとされた田中清玄や、
 血盟団の被告、四元義隆など大物右翼たちからも師と慕われ、薫陶を与えたという。

 傑僧だった。
 伝記などによると、
 和歌山県本宮町生まれ。四国88カ所の霊場巡りの時、高知の雪渓寺の門前で行き倒れとなったところを山本太玄和尚に助けられ、その養子になった。
10代で、飲む、打つ、買う、の道楽を覚えた。後に結婚して家督を譲り受けるが、若い頃の女遊びが原因で、性病のため目を患い、盲目となった。

 離婚して家督を弟に譲り、目が見えるようになるようにと、願を立て、四国八十八ヶ所の霊場めぐりを8度すると誓った。
盲目。しかも裸足での霊場参りだ。並大抵の苦労ではなかっただろう。
 8度目の巡礼の途中で、かすかに目が見えるようになる。玄峰はこれを機に霊場の一つである禅寺に入って修行を始めた。

 目が見えるようになったといっても強い弱視だった。
小僧たちに教わって、漢字の読み方から習い始め、夜、人が眠っている間にも座禅を組み、「線香に火をともして」読書をした。
 こうして、一心不乱に禅を組み、公案を解き、心を鍛え上げて、「白隠禅師の再来」と言われる存在となった。数々の寺院を再興した後、禅宗妙心寺派の管長になった。奇跡といっていいだろう。

 後に龍沢寺の住職となった。
 文字を多くは知らなかった。豪傑として知られ、その姿を見た剣の達人は、

 「あの人は斬れない。心と体がひとつになっている。ああいう人は斬れない」
 と周囲に洩らしたという。

 玄峰の修行の眼目は、

 「性根玉(しょうねったま)を磨け、陰徳を積め」

 北条時頼の歌に感銘を受けていた。

 心こそ心迷わす心なれ心に心心許すな
という和歌だ。
 禅の奥義がここにあると思った。

 静岡県田方郡北上村、禅宗龍澤寺と、名古屋市の日邏寺の住職、山本玄峰(68)は、この日午前11時10分、証人席に立った。

 「法理上のことは明鏡を胸に掛けてご審理くださる法官閣下あり。またその解釈については弁護の任に当たられる弁護士各位があります。
わたしが被告のために弁ずることは、あまり、一般皆さんに分からぬ真理。いや、心地(ここち)です。きょう、被告の心について、お話しさせていただきたい」

 玄峰はまず、こう断った。

 「第一、井上昭(日召)は、長年、精神修養をしているが、その中でもっとも宗教中の本体とする自己本来の面目、
本心自在、すなわち仏教でいう大圓鏡智を端的に悟道している」
 と大声で言った。

 次に玄峰は、
 人、乾(けん)、坤(こん)――宇宙の本体のあらわれが我が国体であると、指摘し、

 「仏教信者がなぜかかることをなしたか? 仏は和合を旨とし、四恩を基としている。136の地獄があるが、悪をもってすれば蟻一匹殺しても地獄行きとなる。
 和合を破り、国家国体に害を及ぼすものは、たとえ善人といわれるとも、殺しても罪はない、と仏は言う。


 仏の中で、阿弥陀如来のほかに一つとして剣を持たぬものはない。道ばたの地蔵菩薩でさえ、小便をかけられても、黙々としてこれを受けているが、やはり手には槍を持っている」

ゲンポウ.jpg
写真はこの日の玄峰。記者たちから取材されている
(写真をクリック)


 玄峰は、それまでの日召の修養の様子を語り、
日召は、真の仏心をようやく自分のものとした。万物と自己とが同一体であるという心境になってきた、
と、たたえた。そして、

 「法は大海の如く、ようやく入ればいよいよ深い。
日召が真の仕事をするのはこれからと思う。万一死刑となって死し、虚空は尽きても、その願は尽きぬ。

 日本全体、有色人を生かすも殺すも日本精神ひとつである。これを知らぬ者は一人もないはずだ」

 玄峰は、数十通の激励の手紙があったことを披露して、この日ここで特別弁護に立つことを決めた理由を話した。

 そして最後に、
 「胸に迫ってこれ以上申し上げられぬが、鏡と鏡、仏と仏との心にかえって、なにとぞお裁き願います」
と言って合掌した。

 玄峰の語ったことを翻訳すれば、

 人々の調和を乱し、国民に害を与える者たちは、
たとえ「善人」と評価されていようと、殺したって罪はない、と日召ら被告たちの行為を弁護している。

 その証拠に、
阿弥陀如来を除いてすべての仏像が剣や槍をもっているではないか、
とも言っている。

 玄峰の特別弁論は26分間続いた。閉廷したのは午前11時40分。
14被告は、再び編み笠をかぶって退廷したが、
いずれも、玄峰に丁寧に会釈して地下道へ消えた。
 傍聴人の中で、日召の妻、とし子さん、娘の涼子ちゃん(9つ)が涙を浮かべて見送った。

posted by Jiraux at 23:00 | Comment(2) | TrackBack(0) | news 日々憤怒
この記事へのコメント
今、忘れられようとしてる、東洋精神をご紹介頂き、感謝致します。 この精神が更に広められるよう切に希望します。
Posted by 中村 敬一郎 at 2012年05月16日 07:58
今老師の事を調べています。勉強になりました。ありがとうございます。g
Posted by 田中道子 at 2017年02月09日 11:25
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

この記事へのTrackBack URL
http://blog.seesaa.jp/tb/21622161
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。