東京地裁であった血盟団事件被告14人に対する1時間半の論告求刑。その法廷の様子を伝える記事が新聞社会面に載っている。
人々の姿を的確に伝える、描写力のある記事だ。
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血盟団事件は、いわゆる昭和維新の先駆として5.15事件に先行し、直接行動の先駆を切った。しかし、裁判長忌避、神兵隊事件などのために審理が延期され、
5.15事件より1年遅れで求刑となった。
5.15事件の被告たちは一部を除き同年春、判決が言い渡され、全部服罪。皇太子(現天皇)誕生で恩赦もあって、陸軍側被告はすでに刑期の3分の1を終えていた。
こうした背景から、血盟団被告14人への求刑内容がどうなるのか、国民の注目が集まっていて、公判開廷前から無気味な緊張の空気が漂っていた。
傍聴者たちは、前夜から裁判所門前で待っていた。
午前7時半の開門と同時にどっとなだれ込んだ。
1人1人が、警戒の丸の内署員から身体検査と氏名の点呼を受ける。
14人の被告たちは、午前8時過ぎから武装看守、警官たちが厳戒する中で、同8時半に裁判所に護送され、
構内地下室の仮監房で開廷を静かに待った。
9時になると、まず弁護士、特別傍聴人が入廷を許され、
ついで9時5分、法廷正面入り口から、藤井裁判長、陪席判事に続き、
この日の立役者、木内検事が痩身を黒の法服に包んで、緊張の面持ちで着席。一瞬の沈黙の後、
被告入り口の地下道から、小太りの小沼正が真っ先に、
数人おいて、井上日召、菱沼五郎らが、いずれも黒紋付き、羽織袴姿で、足音を立てて入廷した。
傍聴席が落ち着くのを待った後、9時15分、藤井裁判長が開廷を宣言した。
型どおりの氏名点呼の後、
裁判長 「それでは、検事の事実ならびに、法律的適用についての意見をうかがいます」
木内検事は、満廷の耳目を一身に集めつつ、立ってまず、コップの水で唇を潤し、被告席を一瞥して、
検事 「これよりまず、検事の公訴事実を開陳いたします」
と口を切り、歯切れのいい口調で、どうどうと犯罪事実の論述を進めた。
この朝、曇っていた空は、この頃から次第に照り始め、
法定内は、室(むろ)のような温気と、重苦しい緊張の沈黙とに息苦しいばかり。
しかも、被告席傍聴席とも身じろぎしない。
ちょうど午前10時に、事実関係の朗読を終わり、情状論に入ると、
木内検事の論調は、一段と熱を帯び、この事件を流れる思想、背景、動機等を鋭く指摘し、声を一段張り上げ、
検事 「被告らの取った態度は誠に遺憾であり、またその見方も、時相に対し、適正とは言えない。いわんや、
自己の主張を貫徹するため、暗殺行為にいづるがごときは、絶対に排撃すべきで、国法の命ずるところに従って、厳重処断すべきである……」
秋霜烈日の言葉。
論告は、その最高潮に達し、人々のとがり切った神経を鋭く刺激した。
最後に検事は、1933年(昭和8)12月の、浜口・元首相狙撃事件の佐郷屋留雄に対する大審院の判決理由を引用し、準拠を明らかにし、
10時40分、1時間半にわたる大論告を終わった。
その瞬間の法定内は、嵐の前の静けさだ。
次の一瞬、
真っ先に、日召に対する「死刑」、
次いで、古内も、小沼、菱沼も。死刑4人。
無期懲役1人。
この求刑内容に、
弁護士席、傍聴席にざわめきが起こり、
「重い」「重い」とのささやきが湧く。
しかし、被告席は粛然として静かで、
14人の被告は、一斉に、判事に黙礼をした後、
いつもの公判のように、弁護士たちと黙礼をかわし、
一同共に、静かに退廷した。
10時45分だった。
