破壊だけを考えた日召 4人に死刑求刑 一人一殺 44

2006年07月26日

求刑(罪名 殺人および殺人幇助)

死刑    井上 昭 (48)=日召
死刑    古内 栄司(33)
無期懲役  四元 義隆(26)
懲役15年 池袋正八郎(29)
懲役10年 久木田祐弘(24)
懲役10年 須田 太郎(26)
懲役10年 田中 邦雄(25)
懲役10年 田倉 利之(26)
懲役 6年 星子  毅(26)
懲役 8年 森  憲二(23)
死刑    小沼  正(23)
死刑    菱沼 五郎(22)
懲役 8年 黒澤 大二(24)
懲役 7年 伊藤  廣(46)

 1934年(昭和9)8月28日午前9時15分、
東京地裁(藤井裁判長)で開かれた第63回公判で論告求刑があり、
木内検事が1時間半にわたって、峻厳の中に情味の交じった大論告を行い、上記のように求刑した=下の写真参照

求刑 いちらんひょう.jpg
(写真をクリック)


 検察側が、死刑相当と断定したのは、

 血盟団首領の井上日召(48)、参謀格古内栄司(33)、前蔵相・井上準之助を暗殺した小沼正(23)、三井合名理事長・團琢磨を暗殺した菱沼五郎(22)の4人。

 大学生たちの中心人物だった四元義隆(26)には無期懲役、池袋正八郎(29)には懲役15年がそれぞれ求刑された。

 論告求刑とは、
 刑事裁判の審理で証拠調べが終わった後、事件捜査を担当した検察官が、被告の罪の内容や重さを説明し、
 法律に照らして、それに相当する判決(処罰)を裁判長に要求する裁判上の手続き。もっとも厳しい指摘が行われる。

 これに対し、その後の法廷では、
弁護士が立って被告を弁護し、検察側が求める処罰(求刑)を軽くする判決(罰)を、裁判長に要請するという展開になる。

 木内検事が行った論告の中で、
東京地検が総力をかけた捜査で調べ上げ、確かめた、
血盟団事件被告たちの「本件事犯の原因動機並びにその目的」(第3節)には、次のように書かれている。(用語の一部を手直し)

 被告人らが当公判廷において本件事犯を決行するに至りたる原因動機について、縷々(るる)陳述したるところを約言すれば、

 いわゆる○○事件並びに○○事件(○○は伏せ字)に端を発し、支配階級たる政党財閥並びに特権階級が相互結託し、私利私欲のみに没頭して、国家を紊(みだ)り、ためにことごとに国策を誤り、外においては外交に失敗し、内においては国家存立の本をなす農村の疲弊を捨てて顧みず、ひいては国民思想の悪化を招き、

 我が国の現状はいまや思想の動揺、経済の逼迫、外交の不振、その極に達し、このまま放置したら、国家を危機に頻せしむるに至ること火を見るよりも明らかにして、これを救う途を講ずるは、因循姑息な合法手段をもってしては、とうてい、その急に応じるあたわず

 ただ一途、捨て石となり、支配階級たる政党財閥並びに特権階級に対し、非合法手段たる直接行動により、一挙革新の烽火をあげる外なしというにあり、
 その目的とするところは、非常手段たる直接行動を決行することにより、政党財閥特権階級はもちろん、一般国民の覚醒を促し、国家の革新を期するにあったのであります。

 要するに、

 支配階級である政党、財閥や特権階級が結託して利己的なことを繰り返して私利私欲を満たしているから、農村など国民が貧困にあえぐようになってしまった。

 血盟団の被告たちは、
合法的な手段では生ぬるい。
すぐ正すことが出来そうにないと判断し、
捨て石になって、非合法の直接行動で暗殺を行い、国家の間違いを直そうとした、
と言っている。

今日 論告求刑記事.jpg
(写真をクリック)


 次に、盟主井上日召の、血盟団事件に及ぼした思想的影響。

 「第2章 事実関係」の「第1節 井上昭の本件事犯に及ぼしたる思想的影響」の部分に述べられている。

 井上昭はかねてより、大慈悲心即破壊なりとの信念の下に、国家革新にはまず非常手段により現状を打破することをもって第一義とし、

 破壊担当者が自己の手において同時にこれが建設までも考ふることは、むしろ国家革新運動の精神的堕落なりとの思想を抱き、自ら、暴力的革新の担当者をもって任じおり、
 古内栄司ら茨城組ならびに四元義隆ら学生組、古賀清志ら海軍側同志もまた従来それぞれ国家の現状に対する不満と懊悩より、国家革新の志を抱きおりたるより、

 井上のこの破壊思想に共鳴し、国家革新運動の同志となりたるものにして、本件事犯が井上を盟主とし同人の指揮統制のもとに各自捨て石となり、決行せられたる事実より見るも、井上の本件事犯の上に与えたる思想的影響のいかに甚大かつ深刻なりやは、推測に難からざるところであります。

 ここでは、日召が、国家革新にはまず現状の打破が大事だと考え、
 破壊だけを担当して、後は捨て石になり、
次の建設は、後から来る人々に任せよう
という、
清廉で、潔い心映えをもっていて、それに、古内、四元、古賀らが共鳴し、血盟団テロルに馳せ参じたことが書かれている。

だるま.jpg
(写真をクリック)


 次に、他の思想家の事件との影響関係。
 大川周明は、
 被告人らとは交際はなかった。大川から直接、指導ないし、思想的感化を受けた事実はなかった。だが、血盟団事件は、大川が係わった、三月事件、○○事件に刺激され決行された。

 北一輝は、
 直接は関係なかった。しかし、北の著書「日本改造法案大綱」は被告人らが耽読していた。直接行動を是認する内容だから、この点で北も、影響を与えた。

 権藤成卿。
 一君万民農本自治を主張し、被告人四元義隆ら学生組が権藤の教えを受けたことがあるが、決行には、直接の影響はなかった。

 橘孝三郎。
 配下の愛郷塾生を率いて5.15事件に参加し、変電所襲撃を担当したが、
 橘は、持論として、いわゆる国民共同体王道国家の建設を主唱し、農本主義の下に国民は相互に兄弟愛をもって相提携し各自の天職使命を果たすべきものなりとの思想を抱きおりて、元来破壊思想を抱懐しおりたるものにあらざるが故に、橘の思想は、この事件に影響はなかった。

 これらが、長文の論告の中で注目された部分だ。

posted by Jiraux at 23:12 | Comment(0) | TrackBack(0) | news 日々憤怒
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