大きな流れをつくった週刊ポスト4月21日号の記事=前回エッセイに写真を掲載=は、欠陥商品だったね。
新聞社なら、絶対に掲載されない記事だ。取材が不十分だから。
週刊誌が、読者に信用されない根拠を示した、典型的な例だったね。
柳家権太楼
(写真をクリック)
師匠の権太楼は、5月28日午前11時半から池袋演芸場であった「日曜朝のおさらい会」で、
週刊ポストが4月21日号で書いた、
「柳家権太楼が、三太楼に殴られた」という報道を巡って、三太楼との問題の経過を説明し、
「殴られたというようなことはない」と言った、という。
「柳家権太楼が涙目告白 一番弟子に殴られた!」と、見出しに取られた一番面白い記事の核心が否定されたわけだ。
これは、4月21日号の記事で、「取っ組み合いになって(三太楼が)おれを殴りました」と記者に答えた部分を、間違いと断定しているわけだから、
落語好きが集まる「伝統芸能@2ch 掲示板」の「柳家権太楼 2」というスレッド(コーナー)で、
一時収まったように見えた議論が、また始まった。
スレッドで言い交わされているのは、
本当に殴ったのか、殴らなかったのかの、ひとつしかない事実を巡る、それぞれの解釈。両者への擁護論、それに投稿者の書き込みの、言葉尻を捉えての、
美しくない罵り合いだ。
こうした事態を招いた原因は、明らかに、
週刊ポスト4月21日号の記事が、読者に買ってもらうに値しない、
欠陥商品だったためだ。
この記事は、読者から、もともと疑いの目を向けられている週刊誌記事の信憑性を、さらに落とすものだったといえるのではないかな。
この記事が、欠陥商品だった根拠は何か?
それは、利害が対立する関係者の両方から取材するという、初歩的な、記者の基本動作を行わずに、
師匠の柳家権太楼からだけ話を聞き、片一方からだけの情報で記事にして発行してしまったことだ。
前・柳家三太楼に会って、事実経過を取材するという基本動作は行われなかったことが、記事から見てとれる。
もしも、記者が三太楼に会っていきさつを聞いていたなら、
師匠の権太楼が言った「三太楼に殴られた」が、
事実と違うことがすぐにわかっただろう。
この違いに気づいた記者は、取材をやり直し、
「殴られたのか、殴られなかったのか」の、
この騒ぎの最大の焦点をがっちりと取材し、経緯を詳しく、正しく報道できただろう。
記者が、三太楼に会わなかったらしいことは、記事の48ページの最下段にある、以下の部分で分かる。
業界に詳しい演芸評論家が首を傾げる。
「その後、三太楼さんは独演会などの寄席も全てキャンセルし、連絡がつかない状態のようです」
前・柳家三太楼=写真はいずれも、橘蓮二「写真集 高座のそでから」(筑摩書房)より
(写真をクリック)
記者は、三太楼に会おうとして探したが、連絡がつかなかった。で、三太楼に会って事情を聞くのを断念して、
「業界に詳しい演芸評論家」の談話で三太楼に会えなかったことを匂わせて、記者の基本動作を怠ったことをごまかしたんだな。
三太楼は、アフリカにでも行っちゃったのか?
東京にいるんだろう?
三太楼の家の周りで、2、3日張り込みをかければ、会えた可能性は高いんだが、やらなかったんだろう。記者は電話を何度かかけただけじゃなかったのか?
週刊ポストってえのは、この程度なんだね。
粗忽だね。
噺家や落語ファンに迷惑かけて平気なんだからな。
