騒ぎの発端になった週刊ポスト4月21日号の記事=写真=について、
「師匠の柳家権太楼(59)が、本当にあんなこと言ったのか? 記者が本人に聞かずに書いたんじゃないか」
なんてえ趣旨の書き込みが「伝統芸能@2ch 掲示板」に出てるけど、そりゃ、深読みだと思うよ。
記事は、権太楼本人に取材して、正確に書かれているんじゃないか。
週刊ポスト 4月21日号の記事
(記事をクリック)
ってえのは、
記事中の、記者のインタビューに対する、権太楼の答えの部分のディテイルがしっかりしてる。
記事の筆者は
「柳家権太楼は、人気・実力ともに最も脂の乗りきっている落語家のひとり」「権太楼の独演会は30分でチケットが売り切れるという。そんな大人気の師匠の様子が最近おかしいのはなぜか?」
などと書いて、権太楼に好意を持っている。
(つまりそれは、権太楼が逃げないで、記者にちゃんと答えたということだ)
さらに、28日午前11時半から池袋演芸場であった権太楼の「日曜朝のおさらい会」で、
権太楼本人が、ことのいきさつを長く話したが、週刊誌記事の事実関係について、否定はしなかったようだ。
これら3つが、判断の根拠だな。
週刊誌記事を読まなかった人のために、権太楼が記者に話した、ことの経緯を、記事の中から説明すると。
3月20日夜、鈴本演芸場での千秋楽の打ち上げでしたたか飲んだ。皆で外で飲んだ後、
三太楼が
「師匠のとこで飲んでいいですか?」と聞くので、権太楼の家に行って、師匠とおかみさん、三太楼の3人で飲んだ。
その最中に取っ組み合いになって三太楼が権太楼を殴った。(※注=末尾を参照)
きっかけは、Tシャツ。
今年8月の「円朝まつり」で売る予定のTシャツの完成が、デザイン変更で納期に間に合わなくなっていた。Tシャツ作り担当の三太楼が、知り合いのデザイナーに頼んだのだ。
で、権太楼が「じゃ、お前、Tシャツの担当辞めろ」
と言ったら、三太楼は、
「オレの苦労は分からないだろう」と反発し、
権太楼が、
「分かれといわれても、俺は分かる必要もない」と答えた。
取っ組み合いがあったのは、3月21日午前2時ごろで、
「三太楼は意地になって、寝ないで翌朝、落語協会の名前を自分で消したんだろ」と、権太楼が推理している。
権太楼へのインタビューで、印象的なところは、
「三太楼が俺に頭を下げて戻ってくればいい話なんですよ」「むこうがちゃんと謝ってくればいい。答えはあるんです。あとは全て三太楼次第です」
といっているところだね。
三太楼は、経歴によると41歳だ。
たしか大学を中退して権太楼に入門し、18年もついてきたんだね。権太楼が好きなんだな。好きじゃなきゃ、18年も続かないよ。
好きだから殴っちゃったってえことも、よくあるんだよな。世の中には。
あんまりあるわけじゃないけどさ。
だから、弟子に好かれる師匠は、気をつけなくっちゃいけない。
ま、「甘え」と人々はいうかもしれない。
三太楼が噺の枕で、権太楼との思い出話をするのを聞いたことがある。
それは、長野だか新潟だかで地方公演をした帰りの列車の中での光景だった。
師匠の権太楼はグリーン車で、三太楼は、普通車に乗っていた。
師匠に呼ばれて、グリーン車に行くと、
「いまから噺の稽古をしてやる」って言われたんだな。
三太楼が話すのを権太楼が聞いて、あれこれ指導してくれたんだったか、
あるいは、
権太楼が話して稽古をつけてやったんだか、
細かなところははっきり覚えちゃいないが、
列車が、東京に着く間際まで、グリーン車で向かい合わせに座って、稽古は続いた、
って、三太楼は、嬉しそうに、そしてテレ臭そうに話して、
「ホントーに、やさしい師匠なんですヨ」と感謝をいっぱい現してた。
あれは、トリの権太楼が楽屋入りする前に話したんだったろうな。きっと。
三太楼は、ヨイショがそれほど上手じゃなさそうだから。
(※注)
「殴られたというようなことはない、と権太楼は朝の会では言っていたのですよ」
との書き込みが31日22:42に、
「伝統芸能@2ch 掲示板」の「柳家権太楼 2」というスレッドにありました。書き込み番号は880です。880番さんは、じかに聞いたらしい。
三太楼は、師匠を殴ってはいなかった。
「殴られなかった」と権太楼が、28日の「朝のおさらい会」で言ったんだから、
取材の過程で、ポストの記者が、聞き間違えたか、権太楼がいい間違えたか、
或いは、権太楼が事実と違うことを言ってしまったのでしょう。
大事なところです。
(取材のやり取りが録音されていたなら、再生で、すぐ分かります)

「この手の週刊誌」は?
ディテールがしっかりしてるってことは、
ちゃんと取材したってことです。
ディテールで嘘ついたら、真っ赤な嘘になっちゃう。
名誉毀損かなんかの裁判で、負けちゃいますよ。
記者もすぐにクビです。